堅く閉まった瓶の蓋を開ける方法

瓶の蓋を開けるときは、両手を使うのが良い。特にねじの原理を利用した回転することによって閉まる蓋の場合、片方の手では瓶を押さえ、もう片方は蓋を回すという方法が一般的である。

一般的なペットボトルやソルマックなどの小瓶の場合、その蓋もおおよそ小さいことが予想されるため、蓋を回転させる手は指のみ、特に親指から中指までの三本を用いて蓋を回転させる場合が多いであろう。しかし、例えば直径五センチメートル以上の蓋となると、蓋を回転させるのに指の筋肉のみでは困難な場合が多いであろう。さらにこの蓋がとても堅く閉まっている場合はどうであろう。この場合の蓋を開ける方法にはいくつかの方法が考えられる。

  1. 物理学的アプローチ
  2. 工学的アプローチ
  3. 体育会系アプローチ
  4. セクシーな方法

これらの場合を考える。

 

1.物理学的アプローチ

伊藤家の食卓などで紹介されるようなものの半分がこの手法に該当する。具体的には蓋を下にして熱湯に浸けるという、湯煎の方法が採られる場合が一般的である。

この手法の本質は、材質ごとの線膨張係数の差による部材寸法変化の違いである。自分は学士(工学)を取得済みであって、これらの問題について学士号に相当する程度の基礎的な知識は持ち合わせているが、瓶の蓋を開けるというシチュエーションは比較的急を要する場合が多く、物理学専攻ではない自分にとってこの局面での迅速かつ厳密な判断は難しい。しかし金属製の蓋に比してガラスの瓶の線膨張係数が相対的に小さいことは直感的に理解されるわけであって、厳密な判断を俟たずとも物理的アプローチによる蓋の回転は成功する場合が多い。

また多くの場合、伊藤家の食卓で紹介されるような成功例は、そもそも堅く閉まった蓋の成因には、熱によって蓋もしくは瓶のねじ部分に付着したジャムなどの内容物の乾燥や温度変化による固着が含まれ、このことは物理学的アプローチの別の側面を炙り出す。つまり湯煎によって生じる帰結は、熱膨張による寸法変化と湯煎という加熱方法による固着物の溶解という二つが同時に複合した結果として、堅く閉まった蓋が開くという実践的効能をもたらすと整理される。

 

2.工学的アプローチ

伊藤家の食卓で紹介されるようなもののもう半分がこれである。この手法を利用したものはむしろ商品化されることで大衆的な知名度を持ち、その多くはシリコーンゴムでできたキャップ状、もしくはベルト状の製品を蓋の曲面に巻きつけて回転するものである。

この方法は、シリコーンの摩擦係数の大きさや、回転にかかる力を梃子の原理によって減少し、また回転方向の力をベルト状の製品、またはキャップ状の製品では取っ手状の部位や製品そのものの偏心によって、蓋の回転を接線方向の力として集中させやすくするという工夫によって、蓋の回転に成功する。しかし自分はこの手法にあまり馴染みがなく、そもそもシリコーンゴムの製品があまり身近になかったことから、この手法を試す機会が多くなかった。ちなみにシリコーンゴムの普及はいつ頃だろうか、2000年以降のような気がするが、1997年生まれの自分にはこれを判断する経験もなければ、シリコーンゴム業界に対する知識もない。

しかしこのアプローチに内在する原理を理解することで、日常にある回転にまつわる困難にも解決の糸口を与えることができる。例えば、潰れたねじに幅の広い輪ゴムを噛ませてドライバーを回転することで長期間締めたままのねじをむやみに破壊しなくて済む。もしくは大腿からの出血のような重大な外傷に対して包帯を巻いた内側に棒状のものを差し込み回転させることで行う止血法なども、この工学的アプローチと同根の原理によるものと捉えることも、部分的には可能だ。

 

3.体育会系アプローチ

筋肉が全て解決するらしい。昨今の、筋肉を鍛えることであらゆる困難や例えばうつ病にまで効果があるとする風潮、あるいは逆に筋肉を鍛えることで抑うつが勢いのある自殺に変化するとする風潮、自分はこのどちらも部分的にしか賛同することができないが、堅く閉まった瓶の蓋を開けるという局面に限定するのであれば、このアプローチはある種の正統的アプローチであり、その効果も多大なものが期待できると考える。

 

3-1.蓋の回転に関する運動の総体

堅く閉まった蓋を回転させる場合、前述のように、片方の手で瓶を押さえ、もう片方の手で蓋を回転させるのが吉である。この場合、瓶を押さえる手は蓋の回転と同期して瓶全体が回転してしまわないようにする働きをし、蓋を回転させる手は蓋を回転させることによって蓋を開けるという実践的役割を担っている。

しかしこの場合の両手にこの説明のような明確なヒエラルキーを与えることは瓶の蓋を開けるという行為の実際に即した記述なのだろうか、という問題が提出可能である。例えば、蓋を押さえて瓶を回転させることも原理的には可能であるし、そもそも瓶や蓋が何らかの器具によって固定されている場合には両手を用いるという一般的手法の必然性は消滅する。

このように両手で瓶の蓋を開けるという行為は直鎖状に記述できる行為の集積ではない。それは、蓋と瓶を異なる角速度で運動させるという蓋の開閉メカニズムを理解することによって初めて記述することができる。この原理に対しては、指から広背筋までのあらゆる筋肉の運動は単なる合目的的な行為にすぎない。

しかしこのことは、瓶と蓋を異なる角速度で運動させるという目的にとって、筋肉の運動の工夫が方法論的にではなく実践的に重要な理論的立場を担う可能性を排除しない。例えばスプーン曲げという行為に対して指の筋肉のみならず上腕の筋肉の運動が重要な役割を果たすように、蓋の回転という行為に対しても広背筋や胸筋など手や指ではない部位にある筋肉の働きが重要である。肉体運動としての蓋の回転行為は手や手首の運動に限らず、その力学的反作用を吸収する腕や胸の筋肉の運動を含めた上半身全体の運動として理解した方がより現実的な理解といえる。つまり、腕の筋肉だけを鍛えて蓋の回転問題を解決する場合と、胸筋を意識した上半身全体の運動として蓋の回転問題を解決する方が、変数を増やして合理的な解決への糸口を見つけやすくするという点において有利であるとさえ考えられる。

 

3-2.象徴作用

エクスカリバーの伝説は蓋の回転問題に対する寓話である。剣を抜いた者が王位を継承できるように、蓋の回転に成功した者が何らかの称号をもたらされるという可能性は、現実問題として全く排除されていないどころか、未だに有効ですらある。蓋の回転に成功するということは、ある種の権力志向の価値観における成果であって具体的には自己肯定感の獲得に繋がりやすい。幼少期であればこの経験は自らの肉体的成長の自覚をもたらし、精神的成長へのきっかけとなる、あるいは成人であってもこの経験によって何らかの能力の高さを示すことができる、という可能性がある。しかし、このような能力の高さの誇示やその評価は、その価値観を推し進めた極北にメリトクラシーが存在するということを明記しておくべきであろう。

そのため、この蓋の回転問題に限らず体育会系アプローチは、年功序列制など近代の社会構造が崩壊していって徐々に資本主義社会の極限状態まで無批判に進行してきている現代社会において、逆説的に重要な視座を与えるものであると考えている。

 

4.セクシーな方法

あらゆる問題解決に動員される知性はセクシーであるといえる。この場合、第1節や第2節で述べたような方法はあくまでも科学的に蓋の回転問題を分析したものという性格が拭えない。混沌とした現実を説明可能にしてゆく泥臭い科学も知性であるが、問題解決に対して差し向けられた分析的知性と実践的知識の複合は特にセクシーである。

蓋の回転問題の場合、湯煎によって蓋を温めて膨張させ、シリコーン製のもの、鍋敷きなどが手軽であると思われるが、何らかの滑り止めとなるような製品によって蓋と瓶を押さえて、指や手のみならず胸筋までの上半身一体の一連の筋肉の運動を意識して、蓋と瓶に異なった角速度を与えるという行為が、考えられるもっともセクシーな方法といえる。

 

こうして環境問題は速やかに解決され、手厚い社会保障とともに農業生産は安泰でシン・ゴジラは進化直前で凍結される。

 


Doris Day - Que Sera Sera